芸人Yのこと


鳴かず飛ばずだったここ半年ぐらいの自分のことを、日記でも書いて整理しよう」
昨晩、寝る前まではそう思っていた。
だけど、昼過ぎに起きてみたら、それどころじゃなくなってた。


地元の友人で、芸人のYが、亡くなったらしい。
母から連絡がきていた。


ベタな言い回しだけど、本当に実感が沸かない。
彼とはもう8年ぐらい会っていなかった、そのせいだろうか。


Yは、1つ年下の男だった。
小中が同じで、よく一緒に登下校をした。
最近は、大阪で芸人を目指しながら、ホストとアルバイトで食いつないでいたらしい。
最後に電話で近況を聞いたときは、そんなことを言っていた。
たしか、2年前ぐらいの話。


Yは、飛び抜けて明るい男だった。
いつもヘラヘラ笑っていた。
あと、足が悪く、ずっと矯正ギブスのようなものをしていた。
障害者手帳を持っていた。
「これがあれば、病院の駐車場の車いすマークのとこに停められるんよ。入り口から近いとこ」
そんなことを自慢された。


Yは、なかなか計算高い男だった。
小学生のとき、年に一回の持久走大会を心待ちにしていた。
彼は、必ず最下位だった。
ハンデを拒み、みんなと同じ距離を走った。
そして、最後のランナーとして、応援に来ている保護者や生徒の歓声を受けながら、堂々とゴールテープを切った。
「みんなが俺だけを応援してくれるのが、本当にサイコーなほっちゃ。声援独り占めやけぇ」
いつかの下校中、楽しそうに話してくれた。
こいつ、かっこいいな。
そう思った。


地元の大学を卒業し、
「芸人になりたいけえ、大阪に行く」
と宣言したときも、
相変わらずかっこいいなと思った。


「養成所を卒業したけど、仕事がないからホストになるわ」
と電話をくれたときは、ちょっと心配になった。
「お前、本気でホスト目指すの?」
「違うねん、芸の肥やしや!ネタ探しや!」
関西弁混じりでそう言っていた。
やっぱりかっこいいなと思った。


そういえば、まだネタを観たことなかった。
「テレビに出たら観てほしいから、ライブとか絶対呼ばへんで!」
一度そんなことを言われた気がする。


本当にもう見れないのかな、ネタ。
やっぱり、ちょっと観たかったじゃん。
お前の名前でググっても、お前出てこねえし。
笑えないよ。

日記


飽き症がゆえ、日記というものが続いた試しがない。
そのくせ、ごくたまに、執筆欲が湧いてくる。
今回のそれも、おそらく今日限りなので、昔やってたブログを引っ張りだして、ちょっと書き殴ってみようと思う。
関係ないかもしれないけれど、そういえば大学ノートを綺麗に使い切ったことが、あまりない。


新しい職場に移って、明日でちょうど3か月だ。
まさか社会人2年目で転職するなんて思ってなかった。けれど、転職をしたこと自体には、そこまで驚いているわけではなかった。
編集という仕事を選んで以来、周囲の編集者を見ていても、いつかはそんな日が来るんだろうな、ぐらいにはどこかで考えていた。
うまくいえないけれど、明後日の予定が、明日に繰り上がっただけのような、そんな感じ。


ただ、その「明日」が突然やってきたので、かなりバタバタした。
正直なところ、階段飛ばしの「明日」は、やってきたのではなく、自分の不甲斐なさが招いた結果だ。
理不尽なことも確かにあった。だけど、火のないところに煙は立たないんだなと、身を持って知った。
それでも、間に合わせの徹夜準備で、何とか翌日を迎えることができた。運がよかった。
あまり褒められた人生ではないかもしれない。だけど、僕は編集という仕事を続けることができた。それだけは、本当によかった。


基本的な仕事内容は変わらない。
ただ、媒体が変わった。紙の雑誌から、WEBマガジンを担当することになった。
アナログからデジタルの世界へ。その変化は自分で望んだことだったけれど、紙とWEBでは、コンテンツの消費のされ方が大きく違った。
「お金を払って読む書籍」と「いつでも無料で読めるWEBマガジン」では、読者の求めるものも、期待のされ方も、違う。


1番に思うのは、WEBには、書籍のように、「所有するだけで、そのコンテンツを獲得したような気持ちになれる機能」がない。
受験生が、センター前に志望校の赤本を買って、机に並べて、それだけでちょっと満足できるような、そういうやつだ。
それは、コンテンツの本懐とするところではないけれど、この違いは大きいなと、今は思っている。


単純には所有欲を満たせないWEBコンテンツは、紙のコンテンツ以上に、その内容が問われる。
それぞれのユーザーが、「このコンテンツは自分にとって必要か、不要か」というものさしで、審議をかける。
閲覧数は、単純な指標にはならない。コンテンツを最後の一文まで消費せず、ブラウザバックしたユーザーも、そこに含まれるからだ。
書籍のように「売れている」という実感値がなく、また「売れている」ことに対する優位性がない以上、一人ひとりのユーザーに届くコンテンツを、コツコツと積み重ねていかなければいけない。


デジタルの世界は、全てが数字ではっきりと暴露されると思いきや、意外と見えないものもあるらしい。
ただ、紙の書籍と違い「購入する」というハードルがないが故、ユーザーになりえる人の数は桁違いに多い。
東京ドームでコンサートを何回でも開けるほどの人々に対して、大したコストもかけずにコンテンツを届けることができる。
勝負はそこからだ。それだけの、好みもそれぞれの人々を何人「振り向かせる」ことができるか。WEB編集者はきっとそこが腕の見せ所なのだ。


…と、勢いまかせに書き殴ってみたが、この理論自体、かなり不明瞭な気がする。
ただ、これは「日記」なので、書き表すことに、1つの意味がある。
WEBの世界に3か月足を突っ込んだ自分の考えを、いつかの未来の自分が読み返して、笑い飛ばせれば、このコンテンツはきっと本懐を遂げる。
だから、書き表すことから、逃げてはいけない気がしている。


僕は、気が小さい。
例えば今も、こんなことを考えている。
「もし他の編集者なら、自分と同じ環境にいたとして、3か月でもっと結果を残しているのではないか…」
「もっとセンスのある人なら、WEBの世界にも早く適応できるんじゃないか」
「そもそも、元からセンスがあったら、紙の世界を離れなくて済んだのではないか・・・」
と、こんな具合だ。
最近気づいたのだけど、僕は、仮想敵を創りだしては、勝手に戦うのが好きらしい。まるでアメリカの大統領みたいだ。もちろん、そんなにいいものでもない。


編集という仕事も、実は強くなりたいというわけではなかった。
これも運がよかったのだ。新卒の就職活動で、偶然出版社に潜り込めた。
労せずに、多くの人がなりたがっている仕事に就けたことに、得意気になっていた。
選ばれた人間になれたような、そんな気さえしていた。


ただ、1度、この仕事を続けられるかの岐路に立たされて、痛烈に思った。
僕は、この仕事に特別向いているわけでも、おそらくセンスがあるわけでもない。
だけど、僕は編集という仕事が、とても好きになっていた。
だから、もっとこの仕事を楽しめるように、努力がしたい。
見えない、どこにいるかもわからない仮想敵ではなく、目の前の困難を、1つ1つ攻略していきたい。そんな毎日を、自分自身で迎え入れたい。
こういう気持ちを表出することから、逃げないでいたい。


都合のいいことを言うなら、僕にとって日記は続けなくてもいいもの、なのかもしれない。
ただ、今日の、今のこの気持ちだけは、未来の自分に届けてやりたかった。
黒歴史は、多ければ多いほど、きっといい。
これからも思いついたときに、こうして書き殴ることにしようと決めた。


とはいえ、本当に飽き症の甲斐性なしなので、最後の1文の約束を守れるか、本当に不安だ。


    

恋人は去りました

  


トーストに塗りたくる
ジャムのように
優しさを押しつけて
おいしいとほおばる君を
隣で見ていたかった
だけど君は満腹
恋人は去りました


恋という行為に
実は行為そのものに
恋をしてたけれど
これはこれで
恋だったのかな
つまり僕は身勝手
恋人は去りました


いつか新しいトーストを
新しいトースターで
焼くのでしょう
今度はジャムを塗る前に
好みを聞かなきゃ
そんな僕の自惚れ
恋人は去りました



     

フィルム



金曜日の街に
見慣れないジャケット
一歩先を歩くピンヒールの
確かな足取り


暗がりの喫茶店に浮かんだ
決意を秘めた口許
最後の表情が
いつもより綺麗で
見惚れてしまった


だからそう
フィルムが切れると知りながら
続きのシーンが見たくなった

ストーリーを飛び出して
アドリブで噛みついた僕
身振り手振り
主演気どり


「全部、台詞みたいだね」
女優でも観客でもない彼女
ゆらりゆらり
自然な素振り


これは映画でも
ましてや恋でもなかった
独りよがりで迎えた
脚本通りのエンドロール


それでもまだ
まぶたに焼き付いたフィルムに浮かんだ
決意を秘めた口許
最後の表情が


いつもより綺麗で
見惚れてしまった


      

推敲しない日記

推敲しない文章はただの羅列なのだろうか。


僕は身勝手だった。
自分の足元の不安定さを、あの子に押し付けようとして、
あの子の視界も歪ませてしまった。


些細なささくれはとても痛かっただろう。
その憶測すら、的外れでありそうで、
それほどに身勝手。


そして、何も手につかなくなる。
本当に、何も。
傷は深い。
多分、想像以上に。
僕は昔から、想像力に乏しい。
そして、さも「傷ついたのは自分」だと密かに主張を始める。
言葉の陰から、口元から、そいつを覗かせる。
醜い、想像以上に。


こうなってでも吐き出したいと思うのだから、どこか手に負えない。
言葉に起こして、客観視したところで、何も変わらない。
肉体から言葉は離れない。
醜いそれなら、なおさら。


自分の素直さが醜い。
素直の振りを、超えていないから。
偽物も続ければ本物になれると信じていたけど、


どうしようもないので、もとよりどうしていいかもわからないので、
最低限の身支度と準備だけをして、
明日は少しだけ遠くに行ってしまおうと思った。


かつて、あれほどに焦がれた鎌倉も、1時間で辿り着ける。
海を眺めれば、何かが変わる気がして、


実に、そう、心中穏やかではない。

言葉にすれば

言葉にすれば叶うなら
塵も積もればなんとやら
だけどどうだい 俺のこと
地べたにころんで 土まみれ


君に話せば叶うなら
笑顔が見たくて嘘八百
だからそうだろ 俺の顔
笑い皺だけ増えていく


それは偽物の皺です
健気に笑う嘘の顔です
あの子を騙すな そう騙すな
自分に驕るな そう驕るな


きっと帰ってきたときが お前の罰
孤独を後回しにしたのが お前の罪


だったら素直に笑えよ、最初から

知りたいこと

君が大人になるように
僕だってそうだという
さっきまで知らなかったけど


君が嘘をつくように
僕だってそうとも言う
きっとずっと知らなかったけど


知らないふりして
たまに知ってるふりもして
ふいに聞かれて
答えにつまった


知りたい知りたい
知れない知れない


つまりそうとも
教えてください