君に届かなくとも

人様の感情の機微に鈍感だと、親愛なる友人達に称されることしばしば。
ことに恋愛において。
曰く「女性の気持ちが分かってなさ過ぎる」「奥手」「そういえば昨日、鼻毛出てたで」等々。
真実を突き付けられた僕は、箱で飼われた鼠のように小さくなって怯えるばかり。
ああ、恋愛が怖い。やたら愛を語る着うたシーンが怖い。
春夏秋冬、どこに行けばいいのか分からないSAYONARAベイベー。


そんな哀れな僕に、とある友人が聖書を差し出してくださるのです。
伊勢丹の紙袋にどっしりと詰め込まれたその聖書の名は「少女漫画」
友人が暇を見つけては愛車のカブに跨り、山びこ挨拶と清水國明が迎えてくれる本屋にて集めた愛の結晶。
「これを読んでお前も勉強しろ」
僕を指差し、友人は叫んだのでした。妙にしたり顔で。


ならばとご厚意に預り、適当に手にとった本の頁をめくると広がる乙女の世界。
それよりも目を引きますは、恋仲になっていく男子たちの容姿の可憐さたるやいや。
イケメンというには物足りない、輝き放つ完璧以上の男子たちの見本市。
なるほど、何たる世界の不公平たることか。
鏡に映る無精髭を生やした男に虚しく問いかける、丑三つ時。


しかし、本筋たるストーリーに稲妻のごとく心撃たれることも事実。
彼氏彼女の事情」にみる青春の自意識との葛藤。
僕等がいた」にみる誠実さの不甲斐無さ。
ご近所物語」にみる山口さんちのツトム君。
NANA2」にみる宮崎あおいの偉大さ。
この素晴らしさの多くを語るのは野暮というものでしょう。
市川由衣は悪くない、とだけ付しておきましょう。


そして、今自ら手に取ったのが「君に届け
これがまた素晴らしい作品であることは、多くの人がご存知かと思われますが、僕も声を大ににて叫びたいのです。
「爽子かわいい!ハアハア…」
今ではすっかり風早くんと爽子の恋仲を健全に見守る毎日を過ごすばかり。
横恋慕したところで、風早くんと水嶋ヒロには敵いっこ在りませんもの。


後日、私に伊勢丹の紙袋を寄越した友人に感想を求められたので、
「停車中の新幹線の車内で携帯で大声通話はよくないのではないかと思う」と一言述べたところ、
「へえ、お前もバカって言うんだ」と微妙に頓智の効かない答えが返って参りました。


僕たちに足らないのはきっと、週末の夕方に座布団飛び交う舞台を鑑賞することだと強く思ったのです。
この思い、天国の円楽様に届きますように。
代々木アニメーション学院の学長がついに貴方の名前を奪ってしまいましたと、届かんことを願うばかりなのです。