詰問の多い料理店


『詰問の多い料理店』


〜レストラン・ク・レーマ〜


いらっしゃいませ、当店は詰問の多い料理店となっております。
それでは極上の詰問をお楽しみ下さい。
と、若い店員が促すと隣のテーブルに座っていた男が勢い良く立ち上がった。
「おい、このスープ髪の毛が入っているぞコラァ!」
「失礼ですが、そちらはお客様のものでは無いでしょうか。私どもに落ち度は御座いません」
なるほど店員も全く引かぬということか。男の形相が鬼と化していくのが目にとれた。
しかしこれではあんまりではないか。他の客もいるというのに。
堪らなくなった私は両者の仲裁を買って出ることにした。
「これこれ2人共お止めなさい。醜き争いは折角の食事を不味くしてしまう」
「何だとコラァ!じゃあテメエが落とし前つけてくれんのかよ、アァ!」と男。
「そうです、でしたらお客様がそのスープ飲んじゃって下さい。その男の汚い髪の毛が入った…。ククク」と店員。
「そうだよ、飲めよ!」「飲め飲め!」それまで静寂を保っていた周囲の客達からまさかの「飲めよコール」が店内を支配する。
なんだ此の店は。私は蒸気の如く激昂し、それならばとスープを手にとり一瞬で体の中に収めた。
どうだ、と得意顔で周囲を見回すも何故か一様に白けた様子。
すると店の奥から、気品高い老紳士が登場して一言。
「若人よ、そこでの通の嗜みは、そのスープを私に浴びせることだったのだ」
と肩を落としてやはり白けた表情。左手には何故か大量の髪の毛。
私は眩暈がした。


注文の多い料理店 (新潮文庫)

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