松本くんが嫌いだった。





小学校の頃、僕は松本くんが嫌いだった。
言わずもがな、松本くんも僕が嫌いだった。


これと言った理由はきっとなかった。
強いて挙げるなら、当時の小学校という狭い小屋の中で僕らは2人共「優等生」で、
大人に媚びることを覚え始めていた僕は教師たちからあくせくと内申点と信頼を稼ぐことに熱心で、
周囲の連中よりどこか大人びた雰囲気を纏っていた松本くんは、そんな僕のことが気に入らない様子だった。
「きみは、ほんとのしゅうさいじゃないよ」
水やり当番の日の花壇で言われた一言は、今でも鮮明に覚えている。
帰り道、ひどく腹を立てたことも、一緒に。


中学校の頃、僕は松本くんが嫌いだった。
言わずもがな、松本くんも僕が嫌いだった。


僕はソフトテニス部、松本くんは吹奏楽部にそれぞれ入った。
この頃から会話をした記憶がない。
クラスが一緒になった記憶もない。
たまに廊下ですれ違う時だけが唯一の交流で、それだけなのに僕等は不自然に目を逸らし合った。
ある意味では、協調し合っていたのかも知れない。


高校の頃、僕は松本くんが嫌いだった。
言わずもがな、松本くんも僕が嫌いだった。


僕は硬式テニス部、松本くんは続けて吹奏楽
そして僕は文系で、彼は理系に進んだ。
もはや接点なんて何もない。
それでも僕等の関係が変わっていないことを確認することはできた。
雨の日、安い紙パックしか売っていない自販機が並ぶ踊り場で筋トレをしていると、サックスを練習している松本くんと目が合った。
ここは普段、彼の練習場所だった。
僕と目が合った松本くんは、必ず練習場所を変えた。それが当たり前であるかのように、すっとどこかへ消えていった。


そして僕等は卒業し、生まれた街を離れた。


先日、硬式テニス部時代の友人と地元で再開した。
実は彼と松本くんは理系クラスの親友である。
「松本くん、元気?」
思い切って僕は彼に、訪ねてみた。
「元気だよ。お前の事、嫌いだって言ってた」
それを聞いて、僕は不思議と安心した。
僕が嫌いだと友人に告げた時の松本くんの顔が思い浮かんで、何だか笑えてしまった。


もしも、掛け違えて僕と松本くんの仲が良かったとしたら、僕たちの未来は変わってただろうか。
小学校のあの花壇で、一緒に水やりをしていたのだろうか。
それとも彼を介して、吹奏楽部の友達が出来ていたのだろうか。
たまに地元で再開して、一緒に安酒を流していたのだろうか。


けれど、結局はこの現実が全てなのだろう。
眠れずに過ぎていく週末の夜更けに唐突に思い出しては、口元を少し苦くするような、その程度の。
感謝などしようものなら、一瞥くれずして破棄されるような、その程度の。


だから、僕は松本くんが嫌いだ。
これからもずっと。




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